愛車はSpcialized Roubaix(ロード)とHardRock(MTB)でアラフォーな自転車生活&日々の出来事更新中。


by ma-bou1967
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地震・3時間・28637歩

2011年3月11日午後2時46分ごろ、三陸沖を震源に
国内観測史上最大のM8.8の地震が発生。

その時、僕は神奈川県総合医療会館に向かっていました。
災害時医療救護活動研修会に参加するために・・・

会館に着く手前で妙にふらふらし始めた。。
あれっ?めまい?

と思った瞬間、交差点でグラグラと地面が揺れた。
普通に立っていられない状態。
高齢の女性はガードレールにつかまって震えていました。

今までに経験のない揺れ。なかなかおさまらない。
救急車のサイレンやまわりの不安そうな悲鳴に似た声が響く。
遠くで黒煙があがっている。
工事中のビルの屋上で人やクレーンが揺れる。

少し、落ち着いたところで目的の総合医療会館に着くも余震が続く。
建物に入るか、迷っていたところ副院長に出会った。
エレベーターから咄嗟に降りたとのこと。
「壁が崩れてたよ、今日の研修会は中止だって。」と言われた。
災害救護活動の研修に来て災害に出会ったなんて洒落にもならない。

次に救命士の主任と合流。会館は震度7まで耐える免震構造と言うが
壁が崩れたんだよね、どこが安全か考えて隣の公園に非難することにした。

すでにたくさんの人が非難されていて公園はすごい人だかり。
携帯は通じないし、メールも送れたり、送れなかったり。
病院とももちろん連絡はとれない。
救命士の主任は公園で座り込む妊婦を見かけて声をかけたりしていた。

余震も落ち着いて3人で次の行動にでることに。
とりあえず、公共交通機関はマヒ。タクシーをひろうことにした。
運よく、横浜文化体育館前でタクシーを拾い、病院へ戻ろうとしたが
すでに16時。これから僕は何時間かかけて病院に戻っても帰るには逆方向。
家族との連絡も取れず安否の確認が取れないことを考えると帰宅するほうが
いいと考えてタクシーを降りて歩いて20km弱を帰ることにした。

道は分かるし、歩くイメージも出来る。途中で補給しながらなら大丈夫だろう。
不安は革靴・・・・

途中、夜のことを考えてセブンイレブンでお金をおろす。
そして肉まんとコーヒーで体をあたためた。

徒歩で帰る人の群れが行き交う。
中には楽しそうに歩く若者や不安そうに歩く高齢者の方と様々。

家に近づくにつれて停電中のようで真っ暗になってきた。
心が折れないように途中、友人に携帯でメールを入れる。
そして家族の連絡をとる。

親父は入院中。お袋はつきそいで立ち往生。
妻は仕事から途中帰宅。息子が音信不通。。。

途中、セブンイレブンで停電ながらも販売を継続中の店に寄る。
若い女の子たちが頑張って働いている。
「大変だね。」って声をかけると
「部屋に一人じゃ怖くって、働いてるほうがいいです。」ってかえってくる。
「僕も関内から歩いて帰ってきたよ。」
「え~っ?大変ですね。」なんて会話をかわした。

自宅に到着。約3時間。28637歩。ルーべは・・・・・自転車も無事。

後は息子の連絡を待つ。戸塚方面にいるらしい。
2回目の連絡では友達の両親と合流できたらしく、近くまで送ってもらい、
途中で息子を拾ってからお袋を迎えに。

横浜で待ち合わせをしたが・・・・
自宅~横浜を車で3時間。
横浜駅周辺は全く動かない。
関内~自宅が徒歩で3時間、自宅~横浜が車で3時間って・・・・
車と徒歩でそんなに変わらない。

結局、お袋を実家に送って、自宅に戻ったら深夜1時過ぎ。

今日は親父が退院だったが、、病院で8時30分に災害対策の件で
集合だったので早めに出発。

8時30分前に病院に到着。
災害に関する報告を行い、1時間30分ほど院内で動いて
とりあえず解散となった。

解散後、親父を実家まで送り、帰宅した。
今後、何かあるといけないので自宅待機。

何か、あった場合はMTBで出勤するかな。
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by ma-bou1967 | 2011-03-12 12:25 | 日々の出来事